#12伝統のホテルニューグランド<カクテル編>
歴史とともに歩んできた横浜を代表するクラシックホテル「ホテルニューグランド」。
そのバーの片隅で語られるストーリーを今回はご紹介します。
すべてのグラスにストーリーがある
〜ホテルニューグランドのバー「シーガーディアンII」に受け継がれるカクテルの物語〜
2017年に90周年を迎えた、横浜のクラシックホテル“ホテルニューグランド”。
3回にわたって、ニューグランドで体験できる「味」に焦点を当てご紹介しています。第3回は「カクテル編」。
>>第1回「洋食編」はこちら
>>第2回「スイーツ編」はこちら
国内外のVIPをもてなしてきた由緒正しきバー「シーガーディアンII」にて、カクテルにまつわるお話を、チーフバーテンダーの太田圭介さんに伺います。
謎多きカクテル「ヨコハマ」物語
シーガーディアンIIに来たらぜひ飲みたい「ストーリーのあるカクテル」は無数にあるのですが……そのひとつが、「ヨコハマ」。
街の名を冠したそのカクテルは、甘くてほろ苦くて、そしてちょっぴり強い、郷愁を誘う味です。
——「ヨコハマ」は、ここで生まれたものなんですか?
太田さん:いえ、「ヨコハマ」はサヴォイのカクテルブック(1930年に編纂された世界最古のカクテルレシピ集)にも載っているカクテルですね。
私も、もう何千杯も「ヨコハマ」を作っているので、背景を知りたくて色々調べてみたことがあるのですが……誰が作ったかははっきりしていないんです。
おそらく昭和の初期に、外国の客船の中で生まれたカクテルだということまでしかわかりませんでした。
——客船の中で。
太田さん:ヨーロッパ諸国から流れてきて、世界一周をするような客船ですね。おそらく、横浜は寄港地だったのではないでしょうか?
作者が不明で、世界一周する客船で生まれたカクテルで、名前がヨコハマとついていることを考えると……私はこれを“遊びのカクテル”じゃないかと思うんです。
——誰かが「遊びで作った」、ということですか?
太田さん:はい。「ヨコハマ」のレシピをひもとくと、イギリスのジン。ロシアのウォッカ。フランスのアブサン。そしてオレンジジュースとザクロのシロップという構成になっています。
各国を代表するお酒をすべてミックスして、最後にアジアの「ヨコハマ」という名前をつけた……すなわちこれは世界一周のカクテルなんですよ。
おそらく船の中でお客さんとバーテンダーがいろいろなものをミックスしながら考えて作ったカクテルだったのではないでしょうか。
——世界一周しながら、世界を一杯で飲み干す……「粋」ですね!
太田さん:また「ヨコハマ」の色は綺麗なオレンジ色なのですが、これは横浜の夕焼けをイメージした色だと思います。
横浜港は東にありますから、日暮れ時に入港する船から横浜を見ると、ちょうど山の手に夕焼けが広がるんですよ。その景色を描いたカクテルなんじゃないかな……と思っています。
——すごく計算されているように聞こえるのですが、「遊び」とは…?
太田さん:ベースとなるお酒は一種類のものになっているのがカクテルの基本です。……が、“あえて”ジンとウォッカが入っているってことは素人が考えたようなカクテルに感じられるんですよね。
だから、遊びの要素が強いんじゃないかな……と思っています。
——港町ヨコハマをあらわしたカクテル……ここで飲んだらまた格別でしょうね。
記者も取材中にいただきましたが(お仕事中申し訳ございません!)、甘いだけではない、まさに夕日にふさわしいほろにがさを感じさせつつも、飲みやすく仕上がっています。建物の中でありながら、まるで船内にいるような気分にすらなってくるここ「シーガーディアンII」で飲む値打ちのある一杯です。
物語を“紡ぐ人”が愛したカクテル「ピコンソーダ」
「霧笛」や「鞍馬天狗」など、横浜を題材にした小説を残した文豪・大佛次郎。
▲シーガーディアンで佇む大佛次郎氏(右)
ホテルニューグランドの318号室は、彼が10年間逗留していたことにちなんで「天狗の間」と呼ばれています。
そんな大佛次郎が毎日のように飲んでいたと言われるカクテル「ピコンソーダ」に関するストーリーを伺いました。
太田さん:「ピコン」というリキュールはもともとイタリアの軍のお医者さんが作ったいわゆる“薬用酒”でした。リキュールっていうのは薬として作られたものなんです。
ピコンは、ビターオレンジをベースにいろんな薬草をブレンドしたもので、ロックで飲まれる方も多いですが、大佛先生は食欲を増進させるためにそれをソーダで割って飲んでいらしたんですね。
……と、ここまでは教科書に載っている話なのですが……
——その先をぜひ聞きたいです!
太田さん:実はこのピコンソーダ、大佛先生が飲まれていた頃には、もっと苦かったんです。だから、大佛先生はそこにざくろのシロップを数滴垂らして飲んでいたんですよ。
——ピコン自体がもっと苦かったということですか?
太田さん;はい、今はだいぶ飲みやすくなっていると思います。私がバーテンダーになった頃は、まだまだ苦かったです。
ですから、ここでは「大佛スタイルで」というと、その大佛先生が飲まれていたように、ざくろのシロップを入れたピコンソーダを提供しております。当時と比べて甘くなったかもしれませんが……そのスタイルは今も残っているんです。
食前にも食後にも良いというピコンソーダ。ニューグランドならではのストーリーが添えられるとまた味わいに深みを見せてくれます。
受け継がれてゆく「ニューグランドスタイル」
——太田さんは、どうしてニューグランドに入ったんですか?
太田さん:私は学生の頃からバーテンダーを目指していました。バーのことやカクテルの勉強をしていると、ニューグランドのバーの名前が必ず出てくるんですよ。
このシーガーディアンで働くためにはホテルに入らなければいけないということで、まずはホテル学校に行き、ニューグランドに入ったんです。
——夢を叶えた形になるんですね! 最初からバーに配属されたのでしょうか?
太田さん:最初はノルマンディ(フレンチレストラン)に配属され、ギャルソンとして働きました。バーに入ったのは入社して7年後ですね。
——バーに入った頃、下積みとしてどのようなことをされましたか?
太田さん:最初はもちろんカクテルも作らせてもらえません。お客さまのお顔を覚えたり、カクテルを覚えたり……ニューグランドの独特な調合技術があって、それをチーフバーテンダーから学ぶんですよ。
そして「ニューグランドの味」を継承していくために、ニューグランドの味を叩き込まれますね。
——「ニューグランドの味」、ですか。
太田さん:例えば代表的なカクテル「マティーニ」の味付けも、僕独自のやり方ではなくて、「ニューグランドの味」を求めてお客さまはいらっしゃいます。
そこで私が自我を出してしまうとニューグランドの味じゃないと言われてしまうので、やっぱりその受け継がれてきた味を習得する必要があるんです。
——例えばマティーニには、どのような特徴があるんですか?
太田さん: 戦後GHQに接収されていた時代がありました。
マティーニはジンとベルモットで作るのですが、手に入らない。当時のバーテンダーがベルモットの代わりにドライ・シェリーを使ってアメリカ人の将校たちに出したというお話があります。
——やはりGHQの接収時代に、今につながるスタイルの祖ができているんですね。
太田さん:こちらは昭和二年開業なんですが、当時のバーの技術っていうのが、まず客船からもたらされたもの。そこにGHQの接収時代にアメリカのカクテル文化が入ってきて、調合技術が大きく飛躍しました。
そこからニューグランドのスタイルというものが確立していったと思っています。
——シェイカーを逆に持ったりというのも、そのひとつですね。
太田さん:そうですね。狭い船内のバーで、密閉が完璧でないシェイカーを使うと、お客さまにお酒がかかってしまう……それを防止するために、逆に持ったと言われています。
——実用から生まれたものの積み重ねで、今のシーガーディアンIIのスタイルができているんですね。
太田さん:そういった歴史の中で生まれてきた工夫と言いますか……そういうものが「ニューグランドの味」を作ってきたのかなと思います。
無数の人に愛され続けて、物語はつづく
ホテルニューグランドが90年の歴史の中で積み重ねてきたものは、とても今回の記事でご紹介しきれるものではありません。
太田さんのお話の中でも、銀幕のスターたちなど数々の著名人のエピソードや、それにまつわる一杯について、まるで泉のように次々と湧いてくるものでした。
長い歴史の中でたくさんの人に愛されてきた「ニューグランドの味」を、ストーリーとともに伝えていく語り部……筆者の目にはそのように映りました。
さて、今まで3回にわたってお送りしてきた「ホテルニューグランド」。
シェフも、パティシエも、そして今回のバーテンダーも、皆さんが、人々にこよなく愛されてきた「ホテルニューグランドの味」を継承することに誇りを持って仕事をしている……そう、お話の中から確かに感じることができました。
今回は「味」をテーマにその歴史を紐解いてきました。90年、100年、そしてこの先も受け継がれていくであろう伝統の味、ぜひ「ホテルニューグランド」で体験してみてはいかがですか?
ホテルのバーは敷居が高い。そう考える方も多いかもしれませんが、ぜひ一度(できればいつもより少しおしゃれをして)出かけてみていただきたいと思います。もちろん、宿泊もおすすめです!
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※掲載内容は2018年2月時点での情報です。